『トイレにいっていいですか』

トイレにいっていいですか

トイレにいっていいですか

(このレビュー、ネタバレ含む。)

 小学校1年生を読者層としてねらっている感じ。文章も、ところどころ漢字まじりで書いてある。しかし、幼児期にトイレトレーニングがうまくいかない子の気持ちにも通じるものがある話なので、そんな子のお母さんが読むのも良いと思う。特に、発達に遅れがある子の場合、保育園や幼稚園の事情によって(驚くべきことに、これは大問題なわけだが)、かなり苦しいトイレトレーニングになっているケースは時々あるので。

 もうそんなこと忘れてしまっている大人には不思議に思われるかもしれないが、トイレというものは怖いものなのだ。繊細で感受性の強い子どもほど、モロに反応してしまう気がする。ましてや、それまでの一人でする家のトイレと違い、たくさんの子どもが一度に押しかけてする学校や園のトイレに慣れるというのは、実は子どもにとって高いハードルになっている場合もある。この絵本では、そのあたりのことをさりげなく、且つ分かりやすく、且つ優しく、表現してくれていて、なんだかいい感じ。

 結局のところ、休憩時間にトイレに行きそびれ、授業中にトイレに行きたくなっちゃって、その途中の廊下でトランス状態に入り、異界の人(動物)が現れて「みんなで行けば、トイレは楽しいんだよ」と、こりゃ神経言語プログラミングか!?みたいなことをしてくれたおかげで、リフレーミングされちゃった主人公の子どもは、おしっこがしたくもないのに楽しいからということで、みんなを誘ってトイレに行くようになったという結末。ポジティブだなあ。

 まあ、全ての子どもがこの絵本で解決できるわけではないだろうが、集団に入ったところで急速にトイレトレーニングで悩みはじめると、「うちの子を、はやくトイレでおしっことうんちができるようにさせたい」という思いに呑み込まれて、やむなくも子どもに無理させて泥沼に陥っていくお母さんも時々おられる。そういう場合に、少しでも「子どもの事情を分かってあげよう」という視点を持つことができれば、母子の緊張感が緩和し、トイレトレーニングのほうも良い方向に向かい始めることもあるので、そういう場面で役に立ちそうな絵本なのではないだろうか。子どもにとっても、トイレに行く励ましになるかもしれないし、この本を読んで気持ちがうずくことがあれば、そこが解決への入り口になることもあるだろう。

 そういうことで、相談室の棚にこの絵本を並べてみて、実際にトイレトレーニングをポジティブに考えられなくなって深い悩みに陥ってしまっている親子多数にこれまで読み聞かせを試みてきた。不思議なことに、これにはちょっとしたコツがあるのですが、子どもの身体に触れて感情を表出するように誘う技法を使いながらこの本を読むと、トイレトレーニングでつらい思いをしている子はどうしても気持ちが溢れてきて、泣き出してしまいます。泣き出すポイントは子どもによって微妙に違いますが、

・トイレの順番待ちで並んでいたら友だちが割り込んできて、でも、「ずるいぞ」とは言えないシーン
・授業中に我慢できずに、「トイレに行っていいですか」と先生にきいてしまい、みんなに笑われるシーン
・異界の人(動物)がトイレに一緒に行ってくれて「僕たちがついてるから安心してやりな」と言ってくれるシーン
・その問題の、異界の人(動物)がリフレーミングする歌を歌うシーン

・・・あたりはかなりの高率で、子どもの泣きを誘うようです。

 読後、直接的または間接的に、あるいは短期的または長期的に、トイレトレーニングが良い方向に向かいだしたかもしれないケース(はっきりこの本のおかげとは言い切ってはいけないと思うので言いませんが)も、高い割合でありましたが(中には、読後数分して、あまり教えてくれたことがないのに、お母さんに「おしっこ」と教えてくれた子も少なからずありましたが、実際トイレに行くと出なかったり、一回きりだったりでした)、それよりも驚くべきことは、あんなに泣いていたのに、ほぼ間違いなく全ての子が、この絵本のリピーターになったということでした。自発的にこの本を棚から出して、特にリフレーミングの歌のシーンのページを何度も広げて見ていることが、多くの子どもに共通して見られました。私としては、その歌の「がまんを するな こわがるな」というところの歌詞があまり好きではないので、読み聞かせのとき子どもに「これ、キツイよね」と必ずコメントするようにしているのですが(すると子どもは、「キツイよ〜」ともっと泣いちゃうのですが)、リピーターになってからは、子どものほうから私にそのページを見せて「これ、キツイよね」とニコニコ笑いながら同意を求めてくるなんてことも繰り返しありました。

 つまるところ、この絵本でトイレトレーニングに決着つけよう、という構えでなく(トイレトレーニングの常識からしても、そういう構えは禁忌ですよね)、トイレにまつわるどうにもならない気持ちをすでに子どもが抱えてしまっているのなら、その気持ちに触れて、共感しつつ、支えていこうという構えで親子で読むのなら、とても良い感じになるのではないでしょうか。

 ちなみに、読後に「この絵本を購入したい」と、タイトルと出版社をメモして帰られるお母さんも高い割合でおられます。